(96) 感動樹木の原点
三保の松原
富士山を背景にして三保の松原が作り出す雄大で優美な樹木景観は、万葉の昔から多くの人々に感動を与え、沢山の詩歌・絵画が残されています。三保の松原は感動樹木の原点とも言うべき存在です。三保の松原を見ずして感動樹木を語るなかれと言われているような気がして、気候が良いこの時期(1月)に三保の松原を訪ねました。

  

  (96-1) 三保の松原と富士山
 
三保の松原は全長7kmの三保半島に広がる松林です。延々と長く弓なりに伸びる松林と、その先はるか彼方に雪を頂いて白くそびえる富士山の姿は、息をのむ美しさがあります。その雄大で優美な樹木景観は太古の昔から多くの人に感動を与え、万葉集をはじめ多くの詩歌に詠まれ、また歌川広重の浮世絵「六十余州名所図会・駿河三保の松原」をはじめ多くの絵画に描かれてきました。
最近では1922年(大正11年)に天橋立と共に日本最初の名勝に指定されたのをはじめ、2013年には世界文化遺産「富士山・信仰の対象と芸術の源泉」の構成遺産の一つに登録され、その素晴らしさは世界的に認められる所となりました。

  

 (96-2) 三保の松原の黒松

 三保の松原には樹齢数百年の巨木から、樹高1mにも満たない稚樹まで、様々の大きさの、様々な樹形の黒松が林立し、醸し出す雰囲気は最高の癒しの空間です。日本各地で松の枯死が進んでいる中で、ここ三保の松原では比較的良く維持保存されておりホットします。

 しかしそれでも松の木の減少、松林の衰退は三保の松原でも大きな問題となっているようです。1922年当時には松の数は9万本余であったのに対し、その後の戦中戦後の伐採や、松くい虫の被害により松の数は次第に減少し、2014年の調査では3万本位になっているそうです。
 私たちに心の癒しと感動を与え続けてくれる貴重な樹木遺産を、何としても守り保存したいものです。

  

  (96-3) 羽衣の松
無数にある三保の松原の中で最も注目される松は「羽衣の松」でしょう。
 
羽衣の松にまつわる羽衣伝説はあまりにも有名ですから日本人であれば知らない人はいないでしょう。羽衣の松はこれまで何回か世帯交代が有ったようで、写真に示す羽衣の松は3代目の松です。1代目の羽衣の松は1707年(宝永4年)の富士山宝永大噴火の際に海に沈んだと伝えられ、その後、2代目が頑張っていましたが立ち枯れが進んだため、2010年(平成22年)に現代の3代目に世代交代しています。
3代目羽衣の松は樹齢200年ほどの中々の大木であり、地面近くまで大きく枝を伸ばし優雅に立つその姿を見ていると、天女が舞い降りて松の枝に羽衣を掛ける様が目に浮かぶようです。
羽衣の松は羽衣伝説だけでなく、三保半島にある御穂神社の御神木としても重要な存在です。

  

 (96-4) 御穂神社

 三保半島のほぼ真ん中あたりに御穂(みほ)神社があります。この神社は三保の松原の羽衣の松に関係する神社として、世界文化遺産「富士山」の構成遺産「三保松原」に含まれる神社です。

 神社の前には樹齢数百年と思われる黒松の大木があり、測定して確かめると幹周371cmの巨木であり、この神社の歴史の古さを実証しています。

  

  (96-5) 神の道の松並木
羽衣の松と御穂神社の間を結ぶ約500mの間に一直線の見事な松並木の道があります。この道は羽衣の松を依り代として降臨した神が、御穂神社に至るための道として「神の道」と呼ばれています。
 
神の道の両側に並ぶ松並木は多くは樹齢100年は超すと思われる大木であり、中には幹周300cmを超える巨木も少なからずあります。このような黒松の大木が500mにわたって並ぶ並木道は荘重な雰囲気を醸し出し、さすが「三保の松原!」と感動させられます。
神の道には木製の遊歩道が設けられており、樹木の保護と共に訪れる人も歩きやすく、三保の松原を訪ねる人の絶好の散策コースとなっています。

  

   樹木写真の属性
 樹  種  クロマツ(黒松) [マツ科マツ属]
 
(「樹木の見所」のページにリンクしています)
 樹木の所在地  静岡県静岡市清水区三保  
 撮影年月  2017年 1月
 投稿者  (1) 田中 浩正 
 (2) 中村 靖   
 投稿者住所 (1) 静岡県静岡市清水区三保
(2) 横浜市都筑区中川中央
 その他